空気の読めない僕が、離婚寸前の家庭で「空気を作ろう」ともがいた話

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空気の読めない僕が、離婚寸前の家庭で「空気を作ろう」ともがいた話

仕事終わりに妻と待ち合わせをし、並んで帰路を歩きながら、僕は缶ビールを開けた。蒸し暑い夜に、妻は静かに涙を流し始めた。妊婦はビールを飲めない。 

僕の、発達障害の特性のせいだったのだろうか。自閉スペクトラム症(ASD。かつてはアスペルガー症候群と呼ばれた)のある人は、「他人の気持ちがわからない」と言われることがある。

確かに僕は、サリー・アン課題(※)をまんまと間違えた。しかし妻にとって、特性だろうが何だろうが関係ない。傷ついた事実があるのみだ。ましてや、その頃にはまだ、僕が発達障害の当事者であることを、自分自身も含めて誰も知らなかった。

※サリー・アン課題…他者の心を類推し、理解する能力である「心の理論」を簡易的に測る心理テスト。

 

こだわりの強さから、自分の好みでない家事のやり方を見て、不機嫌になってしまうこともあった。パニックに陥って、フリーズして、話し合いの最中に長い沈黙をもたらすこともあった。発達障害の影響によって生じていた鬱病のせいで、しばらく寝込んでいた時期もあった。妻は僕のせいで、さまざまな角度からのストレスにさらされていた。

コンクリートの小さな円筒を圧縮して破壊する実験を見たことがある。上から機械で力を与えていくと、コンクリートはミシミシと音を立て、ひびが入っていく。外側から断片が剥がれ落ちていき、バンッ、と壊れる。ただ、壊れても機械に支えられ、暫定的に円筒のかたちは維持されるのが不思議だった。

夫婦の関係性は、あのコンクリート試験体のようになっていた。

妻との関係をどうにかしようともがいて、毎日のように進展のない話し合いを続けたが、事態は頑なに動かなかった。苦悶にあえいでいるとき、理性的かつ論理的に「良い夫婦像」を説かれたものを目にすると、イライラした。会社を辞めてから、金が足りなくなっていた。経済的に成立している全ての家庭がうらやましいと思いながら、コンビニの100円レトルトカレーを食べていた。

 

発達障害の自覚がなかったことこそ、最大の問題だった

結婚3年目で、僕に発達障害があることがわかった。立ち向かうべき問題が見えて、キャリアも夫婦関係も改善できると思えたが、診断が下りてからすぐには妻に伝えなかった。辛うじてつないでいた緊張の糸が切れてしまうのではないかと危惧したからだ。僕たちの関係性は落ち込みすぎていた。

僕は過去の問題点を整理し、それぞれの問題に改善策を対応させた。考えれば考えるほど、「僕に発達障害の自覚がなかった」という一点が最大の問題だったと感じた。「こうすれば直る」と改善策とセットにして、できるだけ明るい話題として家庭に持ち込めるよう努めた。

久しぶりに焼き肉を食べた帰りに、「発達障害の傾向があるみたい」とぼやかして伝えた。家に着いてから、「付箋のところだけでいいから」と、発達障害の解説書を渡した。

 

別居合意書に何を書くのか

そもそも妻にとって、僕と夫婦であることが良いことなのだろうか。

発達障害を自覚し、妻に伝えたものの、僕は根本的な疑問を抱え始めた。そこで妻と連れ立って、ある女性に会いに行った。彼女は、発達障害の傾向がある夫と離婚して、落ち着いた暮らしを送っていた。

僕は、妻に逃げ場を作らなければいけないと思ったのだ。もしこの機会に、妻が別れた方がいいと感じたら、離婚も止むを得ないと覚悟を決めていた。

初めこそ妻の態度は硬かったが、中盤から愚痴大会が始まっていた。「共感してもらえたのが初めてだった」と振り返り、妻は笑っていた。自分でセッティングした場で僕はディスられ、「うまくいったのかもしれない」と思った。

そうまでしたのは、妻をリスペクトする気持ちが残っていたからだ。

山田昌弘氏『結婚不要社会』では、“結婚に経済生活の安定を求めることもできなくなったし、結婚したからといって親密性が保証されるわけでもなくなってしまった”と明確に指摘されていた。同感だ。経済的な安定も親密性もなくしすぎた僕たちに、ぬるい方法は取っていられなかった。

過去には僕が妻に「出て行く」と言ったこともあった。当時の日記には、「もう一度関係を作り直していくために、離れて、解放することが先決なのかもしれない」と書いていた。

別居合意書に何を書くか、話し合いをした。元のかたちに戻すことはもうできない。新しくて宥和的な関係性をゼロから、いや、マイナスから作らなければならないと考えた。

僕たち独自の「空気」を作ろうと思った

空気が読めないから、妊婦の前でビールを飲んで泣かせてしまう。

一方、僕は小学生の頃、通知表に何度か「周りに流されない」と書かれていた。特性は表裏一体だ。僕は発達障害について自己理解し始めてから、周りを気にせず、僕たちオリジナルの「空気」を作ろう、と思った。

ミモザの日に、ミモザの花をプレゼントする。疲れていそうなとき、肩のマッサージをする。仕事の愚痴に、耳を傾ける。どれも些細なことだ。しかし、少しずつ家の中の空気が変わっていった。

別居の話が、夫婦の間からフェードアウトしていった。

代わりに、密室だった家のリビングで「女子会」が開かれるようになり、外からの風が入ってきた。妻は手荒れのある体質だから僕が食器を洗い、僕は実家との付き合いが苦手だから妻がしてくれる。

夫婦は、敵ではなくチームになっていった。5年にわたるセックスレスは自ずから解消されていた。僕も妻も驚いていた。

「カサンドラ症候群」という言葉に救われたが…

自閉スペクトラム症のパートナーを持つ人が夫婦関係に悩み、周囲から理解されないことを「カサンドラ症候群」と呼ぶことがある。夫婦間のコミュニケーションに悩んだり、周囲に悩みを理解してもらえなかったりすることで、孤独に陥り、心身に不調をきたしてしまう。

「カサンドラ」とは、もともとギリシャ神話に登場する王女の名前で、人々に発言を理解してもらえなかったことから「カサンドラ症候群」と名付けられたと言われる。

痛いほどにわかる。僕たち夫婦の場合だと、妻の側が「カサンドラ症候群」という言葉によって、共感できる人がいることを感じ、救われることもあるだろう。僕自身も救われた。

ただ、ASD当事者に対する偏見を助長しかねない言葉でもある。その言葉ではこぼれ落ちるものが多すぎるから、慎重に扱わなければならない。

僕は今でも、食器を洗っている最中に妻が横から次の皿を入れると、嫌だ。急に妻の仕事が休みになると、嬉しさよりも困惑が勝り、体調が少し狂う。

それでも夫婦でいたいと、今は思っている。

今の僕たち夫婦の「空気」なら、そうした困りごとを解決できる。不機嫌を用いてコミュニケーションを図ることはもうない。しかし気をつけておかないと、すぐに壊れてしまう。自分自身だって夫婦関係だって脆弱だということを、僕は知っている。

(文:遠藤光太/編集:毛谷村真木




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